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ベルリンの壁崩壊のきっかけはこの人 [ニュース]

11月9日のニュースです。

1989年11月9日
25周年!
何が起きた日でしょうか?(題名にもありますね)

ベルリンの壁崩壊の日です。

わたしも含めベルリンの壁の崩壊の話をよく知らない人のために
簡単にまとめようかと思います。


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こちらにわかり易い動画がありました


歴史的勘違い ベルリンの壁崩壊

ベルリンの壁とは
1945年
第二次世界大戦においての敗戦国であるドイツは、アメリカ・イギリス・フランス・ソ連の
4カ国にそれぞれの地域を占領されました。
ソ連はベルリンの東側、残りの国々は西側を占領し、首都であったベルリンにドイツを
4カ国で共同統治する機関を置くことになりました。


東ドイツから流失・デモ
東側では自由を求めハンガリーを経由し西ドイツに行こうという動きが強くなり
東ドイツで旅行の自由・言論の自由を求めデモを起こすようになりました。


沈静化しなくては・・・

ここで旅券局長だったラウターが大胆な政令案を出す


その内容には
ビザとパスポートがあれば

外国旅行を無条件で認める 出国ビザを遅延なく発給する

ただし
「報道機関への発表は明日午前4時以降とする」
と大事な文言を付け加えて。


そしてその内容を発表する人がこの人
ギュンター・シャボウスキー
Bundesarchiv_Bild_183-1982-0504-421,_Günter_Schabowski.jpg

彼は記者会見の準備に追われ会議に遅れて
内容を全然把握していませんでした。


いざ発表になり、大半は当たり障りのない発表で終わりかけました。
そう、何事もなく終わろうとしたのです。
が、その時

一人の記者が質問しました。
「国民から避難を浴びている出国規制についてどう思われますか?」


その質問に対して、内容を深く理解していなかったギュンター・シャボウスキーは
その場で「遅延なく、東ドイツ国民は自由に外国旅行をすることを許可します」
と言ってしまったそうです。


これを受けて口を滑れらせてしまったことにより
収集がつかなくなり、ベルリンの壁は壊されるなりました。


つまり
一つの大勘違いが歴史的世界平和につながったと。

めでたしめでたし


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